オエウイのプロレス日記

プロレスについて記録用。2018.10初観戦。生観戦すると書くこと多いです。たまーに更新

21 新日本プロレス 選手日記

活字中毒な面があるので、スマホサイトの日記を1回目から最新の回まで読もうかなと思いついて読み始めると、止まらなくなる。

何日分かそれぞれのをチェックして、棚橋・タイチ・SHO・YOH・YOSHI-HASHI・田口(監督の最近のはもうやる気ない感じだけど)各選手の日記がおもしろかったので読んだ。タイチ・SHO・YOH選手の日記はバックナンバーの古いものも読んだ(文章力があって読ませる力がある)。

コラムの方にあるヤングライオン日記の岡選手のも、新日ファンが何に興味を持っているか考えて、他の若い選手登場させたりしてファンを喜ばせようとしてるのが伝わってきて好きだ。まだ選手としての活躍を全く知らないのだけれど、そろそろ帰ってくるのかな?

 

棚橋選手の日記が、新日のことが知りたい、っていう知識欲を満たしてくれて、一番長く連載してるし、印象的なので感想文的にここにメモしておく。

↓これとセットで構成しています

oeiou.hatenablog.com

 

今は2週間に1回の更新だけれど、最初は1週間に1回だったようだ。連載回数は400回を超え、過去を遡ることだけでも何十回もタップしなきゃなので大変だ。田口監督の日記もだけど、日記には写真も載っていて、ガラケーからスマホへと携帯が進化していくのも感じられる(最近のでもスマホサイトの画像って粗い気はするけど)。

棚橋選手の日記は2005年から始まっていて(その前にも日記を書いていたみたいだけどそちらは今のサイトには見当たらない気がする)、お客が入らなくて苦しんでいた時代の空気みたいなのが感じられた。いっしょに頑張っていたスタッフも辞めていってしまったようで、別れが辛そうな日記もあった。2006年の日記に「新日本プロレスとの契約。オレは残ることを選択した」とあり、主力選手が抜けていき、本人もどうするか迷ってたんだろうなというのがうかがえる。社長がすぐ辞めてしまったことを嘆いたりもしていた。

昔はパチンコ屋でもしょっちゅう営業していたようだ。初めてチャンピオンになった時に、自分ががんばんなきゃと思って営業に力を入れ始めたんだっけ?2007年の後半から、地方営業の話がたくさん出てくるようになって、ラジオ局を回っている。イベントに70人くらいファンが来た、という話を、たくさんの人が来てくれた、という表現で書いていて驚いた(2014年の日記読んでたら、サイン会を2日間したら両日とも200人のファンが来てくれたと書いてあった)。

ゼロ年代はテンションが高くて、これが当時よくあった文体なのか、語尾がローマ字(~なんDEATH!みたいな感じ)だったりして、言葉遊びも多いし、うわ…と最初なった。「~のつもりだツモリチサトだ」というギャグが好きなようで、5回以上は出てきてる気がする。

飲み会の話がとても多かった(今もあるんだろうけどそんなに書かなくなった)。プロモーターの人たちと、会社の人たちと、選手とファンと。お酒に強くなくて、トイレで吐いては飲むこともしばしばだったようだ。海野レフェリーの酒の飲ませ方がえげつなくて、読んでて一番ウってなった (96回2007.7.12)

ずっと本隊所属だから、ヤングライオン時代のヒール化した選手の名前もたくさん出てくる。裕二郎選手が練習熱心なのが伝わってきて、本当に今はケガで思うようにいかなくなったんだろうな…ってちょっと切ない。

浮気相手との事件も時々恥として書いていて(武勇伝としてのニュアンスは私には感じない)、正直な人だなと思った。

2006年にアントニオ猪木の誕生日パーティーに行った時のことを書いていたけど「いてもいなくても同じような扱いの選手陣」と、冷めたことを書いていた。猪木・アリ戦30周年パーティの時のことも書いてる(49回2006.6.29)。

ある日記では大学の卒業アルバムの写真を出してて、猪木のコスプレをしていたんだけど、「立命館アルバムの卒業アルバム。上半身裸で闘魂タオル。猪木さん。リスペクトはある。強いて言うなら『意見』と『人間性』は別ってこと」って書いてて、意見と人間性は尊敬できないってこと?ってなった。

職場の人が安く売ってたんであげますと、お笑いのアントキの猪木の中古DVDをくれたので見てみたら、特典映像で棚橋と対談していたんだけど(2009年かな)、アントニオ猪木の話題で盛り上がるのが普通だと思うけれど、話したのはリング上での問答「お前は何に怒っている?」エピソードくらいだった(猪木問答については日記でも振り返っている247回2013.4.10)。猪木と新日の選手ってもう共演できないって聞いたことあるけれど、どんな決別だったんだろうな。まあもう過去の話なんだろうけど。

 2007年の日記で何かに反省してる感じだった(103回2007.10.18)。調べたら、2003年に結婚して子供もいることをこのへんで発表したようだから、隠していたことを反省したのかな?だからそれまで全然家庭のこと日記に書いてなかったんだな(それまでの日記で女の子へのナンパみたいなエピソードを書いてるから、いつ結婚したんだっけ?と確認してしまったほどだ)。結婚発表後もやや下ネタっぽい話題がしばらく続いてたけど、既婚発表で人気が落ちないようにとか考えてたのかな。

そういう下ネタっぽいエピソードも消えて、まだ小さい子供たちとなかなか時間を過ごせない申し訳なさとか寂しさみたいなことが時々出るようになったり、子供とのエピソードや恐妻家エピソードも出るようになり(棚橋が書いた本読んだら口げんかでは奥さんを理論的に追い込んで絶対負けないって書いてて、え、コワ…ってなったけど)、ベストファーザー賞取り、女性ファン離さずうまくイメージチェンジしてる。

 2010年にお客さんの数が回復したんだっけ?その頃から文章が落ち着き始めた。仕事の忙しさはどんどん際立ち、この何年も睡眠数時間、休み月一にしょっちゅうなっていて、読んでいるこちらもしんどくなってくる。「爪が縦に割れて治らない」というのをちょこちょこ書いてて、過労でしょ…っていうのが体に出ている。筋肉のための食生活も、健康にはよくないだろうなあ…というメニューだしな。

感動もので泣かない私でもウルウルきた回があるのだが、学生プロレスの時の友達が病気で余命いくばくもないときに、プロレスがしたいという彼とカラオケでプロレスをしたエピソードだ。彼のためにも、全力でプロレスやってるんだろうな。どれか1つだけ読むのおすすめするとしたらこの回である。(2012.4.25 その後 2013.4.24) 

日記をまとめるにあたりざっと読み返して気付いたけど、お友達を失ってしばらくはさすがに気落ちしてる感じだった。

 

他の印象に残ったこと(他の選手の日記含む)

・2006~2007は野球ネタが多い。昔は新日の選手で草野球もしていたようです。 

・ノーパン派だったようだ(2008年に初めてカミングアウト)。スーツの時は履くそうです。もうさすがに履いてるのかなと思ったけど2016年の本でもノーパンって書いてある…

・2008年に初めて「鋼鉄の意志」という表現が出てくる。

・チャラさにブーイングが起こっていた時代、気にせず前向きに活動していたけれど、姫路のマッサージのおばさんに「前向きは危険、全てを受け入れるの」と言われて以来考え方を変えたらうまくいった、という話をインタビューでちょいちょい言っているけれど、それも日記に書いていた(114回2008.3.20と、その次の日記)。

・入退場の時、顔を下げないように意識してるけど、子供は見落とさないように気を付けている

・顔写真見てると2016年からの表情が好きだ。このへんからずっとケガとの戦いになってるんだろうけど、SANADAが言ってた、みんな何かしら抱えてる、今の棚橋は色気を感じる、っていうのに共感する。表情に深みがあるわ

マツコ・デラックスに「本気で好き」と2008年に言われている

・大学生時代に無印良品でバイトしてて、お客がいない時にレジの陰で筋トレしてたらがっつり怒られた(読み返してたらこの日記が見つからない。私の妄想かな…)。

・大学の時にプロレスに熱中して筋トレばかりしていたら、アフロヘアのスノーボーダーに彼女をとられたという話が3回くらいは出てきている気がする

・物忘れについては30歳前から嘆いている 

・2014年に、ファンの顔と名前はできるだけ覚えるようにしていますと書いてあった。2016年の本にもあったけど、今はどうなんだろうな

・SHO選手はカキが大好きらしく、加熱用も生で食べちゃったり、この冬は500個食べたとか書いてて、読んでるだけでノロウイルスにかかった気分になった。

・田口監督、20代?で薄毛を気にして薄毛用の外来を受診したら、お医者さんが禿げていた

・田口選手の結婚式の様子を棚橋選手が書いてたけれど、69回目の日記だったので、監督持ってるな!って思った。すごい偶然だ。(2006.11.16)

・オカダ選手のコミュ力がすごい。ヤングライオン時代、先輩の田口監督に心を開いてもらおうと、全然わかんないのに将棋に挑戦してそれを見せてきたとか、海外にいた時に日本から来た選手のお世話を頼まれたのでずっといっしょに行動してあげたとか、人に対して一生懸命なのが伝わってきて、プロレス選ばなくても違う道で成功していたんだろうなと思う。

・オカダ選手は中学生の時6人から告白され、3人と付き合ったことがある。

・タイチ選手は最初本隊所属だったようで、「棚橋さん」と呼んでいるのが出てくるし、古い日記は最初ですます調で驚いた(田口監督の最初の方の日記にも、よくタイチ選手が出てきてて、仲良さそうだった)。メキシコにいる時にDOUKI選手がレスラー目指して単身来たとき、ミラノさんにお世話頼まれて、初対面したときのことも書いてたけど(2010.6.6)、年下相手にもですます調で気を使ってて、印象が変わった。アルコールも全然飲めなかったようだ。今の状態は飲めない人が飲めるようになった方がアル中になりやすい、というやつなのかな。

鈴木軍に入って、だんだんヒールが板についてきてですます調が無くなり楽しそうに書いてるなと思ったら唐突に日記も終わった。調べたら不倫が問題になったときに終わったようだ。もうユニットは違っていたけど、タイチの不倫について棚橋も日記に書いてて、自分も間違いをしてしまった、一生背負っていかなければならないけれどこれからがんばれ、火中の栗はオレが拾ってやる、とあって、かっこいいな…ってなった(277回2014.6.4)

(しかしタイチ選手の不倫って2014年なのか。もうだいぶ前なんだな。離婚したみたいだし会社からペナルティもらったし、許されていいはずだけど、今のヒールの雰囲気にぴったりだから忘れてもらわなくてもレスラーとしては正解だと思う)

・ヨシハシ選手は外食したときに上着に居酒屋のにおいが付くのが嫌なので、冬でも遠征先では洗いやすい薄いジャージで出かけてよく風邪をひき、ケイオス内に風邪を流行らせてみんなから怒られる(けど邪道さんにはうつらない)という話を、後藤選手から石井選手に風邪がお引っ越しし、お前いいかげんにしろよと怒られました、と淡々と何回も書いてておもしろい。選手たちの日記読んで、筋肉ムキムキの人は風邪をひきやすいというのを知った。

 

最近仕事で疲れすぎて暑さも辛いし、G1真剣に見るのは2試合ずつくらいが限界なので、リアルタイムに追いつけない。決勝は後ろの後ろっていう席だけど見に行くので楽しみ。